昭和歌謡には個性的な歌がたくさんありました。ニッチモ&サッチモの「ケのうた」もそんな歌のひとつです。
【個性派ソングdata】
アーティスト名:ニッチモ&サッチモ…+
曲名:ケのうた
作詞:中山大三郎
作曲:中山大三郎
発売:1975年(昭和50年)
「…+」って何だろう?
「ケのうた」は1975(昭和50年)発売のコミック・ソングで、ニッチモ&サッチモ…+が歌っています。このアーティスト名の最後についた「…+」は何なのでしょうね。メンバーは
・平川大四郎
・小杉大五郎
・穂峰絵美(ほほえみ)
のようなのですが、レコードジャケット裏にはもう一人多々良圭という方も映っているので「…+」=多々良圭なのでしょうか。
ちょっとエロでもある?うーん、かなり個性的な歌詞です
「ケのうた」の出だしはこうです。
♪僕の田舎の鹿児島じゃ 貝を買いに来いというのを ケをケケケ と言うんです♪
この後、「ケ」について延々と歌われ、それからちょいとエロい感じの男女のセリフの掛け合いが入ります。部分的に標準語訳付きで。そのセリフ部分の穂峰絵美の声がふんわりとやさしくて色っぽくてたまらんです。そそられます。
♪僕の田舎の鹿児島じゃ 言葉の語尾が名詞であってもあら不思議 変わります♪
鹿児島弁にも詳しくなれちゃいますね。
意外な作者と、謎のメンバー
「ケのうた」が話題になった当時、私はてっきり鹿児島在住の人が自分で作って歌った歌だと思っていました。でも違いました。作詞作曲はかの中山大三郎です。そう。島倉千代子の「人生いろいろ」や森進一の「さざんかの宿」では作詞を、天童よしみの「珍島物語」では作詞作曲をしておられる大先生ですよ。
その中山大三郎は宮崎県都城市出身。ニッチモ&サッチモの平川大四郎も同じく都城出身ということで平川大四郎は中山大三郎と同郷というつながりがあったんですね。
ところで。ここまできて何かヘンなことに気付きませんか?
・中山大三郎
・平川大四郎
・小杉大五郎
ね?これ、わざとですよね。平川と小杉の2人が大三郎に合わせて大四郎と大五郎という芸名を使った。そういうことなんじゃないでしょうか。平川大四郎は本当は平川志朗という名前らしく、衆院選で一度宮崎1区から出馬表明したという新聞記事がありました。
次期衆院選宮崎1区に、都城市高崎町出身の会社社長、平川志朗氏(58)=東京都新宿区=が無所属で立候補する意向を固めたことが一日、分かった。平川氏は「宮崎に帰るたびに、疲弊ぶりがひどいと感じていた。古里への熱い思いを県民に訴えたい」と話している。
平川氏は同町出身の作詞作曲家中山大三郎さん(故人)の一番弟子で、日大芸術学部在学中に同窓生と組んだデュオ「ニッチモ&サッチモ」でデビュー。「しらけ鳥音頭」などを作詞した。現在は記念硬貨などの通信販売会社を経営。
出典:2009/02/02 宮崎日日新聞朝刊
残念ながらこの後、出馬を断念されたようなのですが…。また宮崎や鹿児島のために活躍していただきたいですね。
九州新幹線全線開業で大復活!
ニッチモ&サッチモには「茶わん虫のうた」という曲もあります。これは鹿児島人なら誰でも歌える(けど、他県人には相当難易度が高くて無理!)な古い歌なんだそうです。それが2011年に大復活を遂げました!
大正期に鹿児島県の小学校で生まれた歌だ。教師だった石黒ヒデさん=写真=の作詞、作曲。地元では幅広い世代に親しまれ、NHK鹿児島放送局と地元民放4 社が制作した地上デジタル放送PRのCMにも採用。宮崎県都城市出身の作詞・作曲家中山大三郎さんが詞や曲を補作し、フォークデュオ「ニッチモ&サッチモ」が歌うCD(テイチクエンタテインメント)が九州新幹線の全線開業を記念して発売された。
出典:2011/09/20 西部読売新聞朝刊
九州新幹線全線開業で復刻版が出るなんて、よっぽど九州人に愛されているんですね!!お国言葉で歌ってくれるうれしさももちろんあるんでしょうが、ニッチモ&サッチモって声がとてもソフトでゆるくて、癒されるんですよ。聴く人にとっての心地よさもこれだけ長く愛され続けてきた理由のひとつになっているんじゃないかと私は思います。